『蝉の声』…ふと、振り返る

ナチュラルキラー細胞ご機嫌さん☺️

和(かず)です。

昨日、今年初めての蝉の声を聞きました☺️
いよいよ夏だな☀️🌊


2年前の9月に、最初に『潰瘍性大腸炎』と『卵巣腫瘍』が分かり、私の人生は大きく変わりはじめました


だから、病気が分かる直前の2年前のちょうど今頃が
最高最悪に絶不調😱💣💥


絶不調ど真ん中✌ ✌


出血していない時なんて無かったし、どこかしらの謎の痛みは常にあったし、通勤電車ではいつも激しい吐き気と頭痛と異常な発汗で寒すぎて毎朝ガタガタ震えてたし…


症状を数え上げれはキリが無い…


でも会社に着けば、気合いで仕事をこなしてた…


負けたらあかん
私がやらなければ周りに迷惑をかける
せっかくつかんだこのポジション
休むわけにはいかない
頑張るしかない
………etc


当時の『感情』を色々思い返して、今、思う事は


はぁ?(・・?
あなた、
誰と?何と?
戦ってはるの?


いやホントっ💦


私、まじで、


アホでしてん😅


ホンマただのドアホやわぁ😅


言うてる事が意味不明😱


自分が『自分』を分かっていなかった頃は
『外ヅラの自分』にガチガチに塗り固められた自分を自分自身だと、信じて疑っていなかったから


そらまぁトンチンカンな思考は当然なんだけど


とにかく生きづらさの極み…みたいな世界観の中で生きていたので😅


そんな世界観の中では、自分の周りは『敵だらけ』でしかなかったな😵


だから、自分のスタンスが常に
ファイティングポーズ🔥👊


とにかくいつも、誰に対しても、何に対しても、


かかってこいやっ‼️🔥🔥🔥


落ち着けー‼️イノキ~‼️ボンバイエ‼️


みたいなね😅


謎に気が短いから、若い頃は『チャッカマン』なんて言われたり😵


よーそんなんで生きてこれたな‼️、とマジで思う


そんなどれもこれも、自分の『在り方』なんだと分かるまでに、けっこう時間がかかったけれど


気付けたんだから、良かったんやよ☺️


気付けないまま人生が終わらなくて、本当に良かった☺


『病気』になってなかったら、
あの、『がん』と言われる事がなかったら、


『今の自分』には出会えなかった
『大好きな私』には出会えなかった


『大好きな私』に出会うまでの道のりは、決して平坦では無かったけれど


その『道』を外れそうになる時
いつも『体』が教えてくれた


だから本当に本当に
どんな『病気』もどんな『症状』も
どんな『痛み』もどんな『苦しみ』も
自分に無駄に起こる事なんて何ひとつなくて
そこに『感情』が大きく揺さぶられる事であればあるほど
自分が気付かなければいけない事が見え隠れしているんだよね☺


自分が『生きたい世界』へ行くことを『無意識』に拒んでいる『原因』も
今生きてる世界が『生きづらさの極み』な『原因』も


どんな事も『自分の中』に『問題』も『原因』も『答え』もあるんであって


それを教えてくれたり、気付かせてくれたりするために、人生の機微があり、色々な出来事が起こるんだよね☺️


『自分』を知らない自分が求めている世界って
『自分』を知らない自分にとっての
信じて疑わない世界の『外側』
にあるんだよね☺️


だからその、信じて疑わない世界の中でいくら探したって見つからないんだって事、


『病気』になって、
私の人生終わってしまった…って
すべてを手放す事になって
初めて分かった


だから私は『病気』に感謝できるんだ☺️


だってあれくらいの『病気』じゃないと、『命』を考える病名じゃないと


私はすべてを手放せなかった
怖くて怖くて
自ら手放すなんて出来なかった


だから


どんな事も絶対に


すべては自分のためにある☺️


自分が『自分』を知った世界では


この世のすべては


『自分』の味方なんやよ☺️

 

 

 


和(かず)

病気に『なる力』

ナチュラルキラー細胞ご機嫌さん☺️

和(かず)です。

病気になる力も
病気を治す力も
すべて『自分の中』にある
確実にある


『病気になる力』


自ら『病気』になるなんて


なかなか理解はされにくい


でもリアル(真実)はシンプルで


自分が『自分』を生きていないなら


その『環境』


その『状況』


その『人間関係』


その『生き方』


その時の色んなすべてが


『自分』にとっては


ミスマッチ


でも『自分』を生きていない人ほど


出世
社会的地位
好感度
年収
他者より勝る事
ステイタス
………


そんなようなものに踊らされ


そんなようなものに
自身の『幸せ』の尺度を持ち


そんなようなものを失う事を最大に恐れて


『違和感』を感じながらも


自らをその
ミスマッチなところへ『適応』させようと
必死に頑張る


自分が信じて疑わない『幸せ』だけを


必死に追いかける


信じて疑っていないんだから


信じていない本当のリアル(真実)は
見えてないんだよね
一切
何も


怖いよね


そのまま人生終わったら


一生、人生
ミスマッチ
😱


マジで怖いよね


だからね


ちゃんと『大丈夫』なようになってるんよ


『本当の自分』を知らず


自らを『世間』に『適応』させながら生きている
『外ヅラの自分』が


それまでの自分を
疑い
考え
リアル(真実)を知ろうとするようになるには


ちょっとやそっとの事では
分からんよね
💣😱💣


身体が冷えれば風邪をひく


食べ過ぎれば太る


みたいなくらいに当たり前の事で


そっちとちゃうねん
行く方向


ってだけの事なんだけど


それを『自分』が
1番分かりやすい方法で
教えてくれてるんだけど


それでもずーっと


まだまだずーっと


気付かず、逆走するのなら


気付かせるための
行く手を阻む出来事は
止まりませんよね


『病気』とは


自分が『自分』を無視出来ない状況にする事


なんだから


『自分の思い』と『体の症状』が一致しない時こそ


『そこ』に『自分』を探して


体の声を拾うんだ


『自分の外』ばっか見て嘆いている場合じゃないんよ


体から


伝えたい事が伝われば


『痛み』や『症状』は変わってくる


『治療』や『投薬』に対する体の反応も変わる
ここが本当に分からない人は分からないようで…😱
データや新薬や新たな治療法や、そんなものばかりを探すけれど
自ら改善に努め、医者の言う通りに治療や手術や投薬を受けても治らない、『再発』する、新たな『病気』になる…なんて事は
病だけが原因ではない
病を作り出す自分の体の中、そこに『医学』を入れてもダメなのなら
『自分の中』に病を作り出す仕組みがある
って事以外に考えられない
『たまたま』で『病気』にはならないよ
自分の体が自らを『病気』にしてまで伝えたい事とはなんなのかを自分が無視し続けるなら
『寿命』がくるまで訴え続けるよ
『病気』と『寿命』は違うからね
自分の体からの訴えは『命』尽きるまで変わらないよ


『自分の中』ではなく


『自分の外』ばかりを見ているから


体からの訴えが変わらないんだ


いつも体は


教えてくれてるんだ

 

 


和(かず)

『自分』が自分に怒り狂う時

ナチュラルキラー細胞ご機嫌さん☺

和(かず)です。

やりたい事が分からなくても


やりたくない事が分からない


なんて事は
無い


のだけれど


分からないフリをしたりすることは


真面目で器用な人ほど


非常に
多い


『病気』になるまで気付かない、


もしくは


『病気』になっても気付かない


なら、それはもう


重症です
🙇(。>д<)
あざした~💨


やりたくない事をやり続けて
身体に良い訳は無い


ここで言うやりたくない事とは


『自分』を無くす事


『自分』を消して生きる事


『自分』ではない人生を生きる事


そら、そんな事したら


消された『自分』が怒り狂って当たり前

 

NK細胞も消えてしまいますわなぁ😢


お金のため?


家族のため?


未来のため?


…………


なんじゃそりゃ

 


『今』があっての『お金』『家族』『未来』やろ


生きててこその『お金』『家族』『未来』やろ

 

って教えるために


『外』ばかり見ている自分に伝えるために


なる『病気』も


気付くまで『再発』することも


気付かないなら『治らない』ってことも


あるんでしょうね☺️

 

 

 


和(かず)

『自分』を、消さない

ナチュラルキラー細胞ご機嫌さん☺️

和(かず)です。

 

 

どんなに『否定』されようと


それが『自分』であるのなら


何があっても消えちゃいけない


消しちゃいけない


自分が『自分』で在れば行けるはずの場所に


行けなくなるよ


目に入る批判や否定は


それはリアル(真実)ですか?


きっとそれは違うはず


否定や批判は


する側の、その人自身の問題もとても大きく絡むから


その『言葉』の真意は


すぐには分からない事が多い


でも、


自分にとってその『言葉』が


頭の中を駆け巡り


自身をざわつかせるのなら


探していくのは『自分の中』


向かうのは『自分自身』


『無意識』を掘り出せ


自分で『自分』を誤魔化すな


『自分』の叫びを『無視』するな


集めて拾って『採用』していくんだ


私が『私』で無くなるなら


また『病気』はやってくる


生身の体にもう次は無いよ


もっともっと『自分』を知れ


目に映るものに振り回されるな


『自分』のためにもっともがけ❗あがけ❗


頑張るのならそっちの方だ


『外側』のものに


惑わされるな❗揺るがされるな❗


大きな波は、自身の中の『幻想』だ


自分の中の『負の本音』が


今の世界を作るなら


その世界を深く見つめて『自分』を知れ


『自分の中』の何が、今現れているのか


リアル(真実)を見るんだ


自分のリアル(真実)を見るんだ


今、もっと深く


『自分』を知れるチャンスなんだ

 

 


和(かず)

見えていなかったリアル(真実)な『数式』

ナチュラルキラー細胞ご機嫌さん☺️

和(かず)です。

 

私は


『人生のリアル(真実)』って


『数式』みたいだなぁ、と最近強く感じはじめていて


自分はなぜこれまで
あんなにも『生きづらい人生』を生きていたのか
その『理由』が、パズルのピースがはまり合うようにサラサラと見えてくる瞬間があり


うれしすぎて飛び上がりたくなる事がある

 

何事においても


一つの事象を『結果』と見たときには


その『結果』を導き出す『原因』が必ずあって


⚪⚪(原因)だから


◻️◻️(結果)になった


という『成り立ち』はリアル(真実)なのだけれど


その◻️◻️(結果)を


例えば、『罰』などととらえてしまうと


犯人探しのような『原因』探しを


『自分の中』ですることになり


リアル(真実)が見えなくなる


『原因』と『結果』の成り立ちは


本来はシンプルで単純で


『数学』『数式』と同じだと思う


ではどうして


『数式』ではないような答えに見えてしまう事があるのか


それは


その事象の『内容』は何でもよくて


それがどんな事であったとしても


その『結果』を『罰』として受けとめて
自分が『不遇』に感じている事を自分自身に納得させたい『自分』


というのが隠れている


『自分』を責めたい自分
責める事で『変わらない自分』をそのままにしておく自分
そのままにしておける自分


というのが隠れている


体の『不調』や『病気』など


そもそも『罰』や『運』などでは絶対に無い


誰だって


やりたい事だけをやり続けたとしても


何日も寝食も忘れ何かに没頭しすぎれば


いずれ必ずぶっ倒れる


それは『罰』などではなく


今はゆっくり休みなさい


という体からの『サイン』だ


その『サイン』を無視し続ければ


どこかが壊れて当然で


シンプルな『数式』のように現せる『結果』だ


たとえその事象が


突然自分の前に降って落ちてきたような
『理不尽』に感じる事も


あなたの『幸せ』
その先には無いですよ


という


『本当の自分』からの


『宇宙』からの


『サイン』だ


自分の『信じて疑わないもの』が強固であればあるほと


その『信じて疑わないもの』を疑わせる事が出来るだけのさらに強烈で強固な事象が必要になり


『それら』は起こる


それでもまだ自分だけが信じる自分だけの現実を握り締めて離さないなら


それも本人の『自由』だ


誰も自分の人生を代わって生きれる者はいない


自分が『自分』に勝手に当てる『罰』はあっても


『自分』以外の誰かや何かに当てられる『罰』など


そもそも存在しない


どんな事も『意味』があって起こり


どんな事も


すべては自分のためにある


だからこそ


何でもかんでも『自分』を責める『ネタ』にしなくていいし


『自分』を責める必要も無い


『後悔』する事があるなら


その時の『自分』をフラットに見つめ直し


で、
これから
どうする?
どうしたい?


で、
『今』を
『これから』を


決めていければそれでいい


それが出来ればそれだけで


そこからの『原因』と『結果』は変わる


自分自身に起こる事
自分の周りに起こる事
自分に関わる人間関係…


それらの『原因』になる


『自分』が変われば


それにより導き出される『結果』は


必ず変わる

 

 


和(かず)

それは誰の『現実』か

ナチュラルキラー細胞ご機嫌さん☺️

和(かず)です。

 

潰瘍性大腸炎』と診断され


その説明を受けた時


その医者が


かなりふざけた医者であってくれたおかげで


私はその医者よりも


自分自身の『感覚』を信じようと思えた


それは『癌』という言葉を聞いた時も同じで


自分に合うドクターに『出会えなかった』おかげで


『治してもらう』


という意識が無くなり


今の自分があると思っている


それはほんの


一瞬

 

自分の中に沸き上がった声


消してしまうのか
消えてしまうのか
気付かないのか


聞こえたとしても
それでも『自分以外』を
採用するのか


自分自身が『そう思えて』『そうする』なら


それが『自分の正解』


何か事を成す時


『自分』を無くして行う事に


自分の『思い』が叶うものはひとつも無い


自分が『自分』をいつまでも低く見積もると


あんた自分の事、なめてんじゃねーよ‼️


と、『自分』が自分に暴れだす


その暴れだした『自分』が自分に見せる『現実』は


それらがいかに
『自分以外』を採用する事が
『愚か』であるかを
気付かせるために


容赦無い『現実』を
気付くまで
見せてくる


それはほんの


一瞬


『自分の中』に沸き上がった声を


採用するのかしないのか


ツラい、苦しい、悲しい、しんどい……、
『恨み』や『妬み』なども含め


自分の中の『負の感情』を激しく揺さぶる『現実』とは


『誰に』


『何を』


見つけてほしいのか


分かってほしいのか


だからこそ


なぜ自分は


今、この『現実』を生きているのか


容赦無い『現実』に


ただ嘆いているだけなのなら


自分が『自分』を知らない、分かっていない、気付いていないという事であり


『自分の中』の自分との不一致を


教えてくれている


『無意識』

『意識』する


変わらない『現実』を変えたり


『不可能』を『可能』にしたりする事は


自分の信じて疑わない世界


自分にとっての『当たり前』


などを書き換えていかなければ


昨日と同じ今日が来て


今日と同じ明日を過ごし


その間中ずっと


自身の『体の細胞』からの訴えは


何も変わらない

 

 

 

 

 

 

 


和(かず)

『自分の中』が淘汰されていく過程

ナチュラルキラー細胞ご機嫌さん☺️

和(かず)です。

 

自分が『自分』を生きていなかった頃に


『病気』になるまで自分を追い込み


それでも自ら手放せず


必死になって握り締めていたものは


『自分』ではない人生を歩むために必要だったもので


自分が『自分』を探していく過程の中で


それは『必然的』に『淘汰』されていき


剥がれ落ちていった


私がこの度の『病気』から学んだ事の1つは


物事や事象や人間関係など


自分に関わるすべては


自分のためにある


という事


それはその時、『意味』が分からない事であっても


その起きた事に対して


大きく『心』が動く事であればあるほど


だから『それら』は
起こるのだ


自分には、


本当は何が『必要』で


何が『不要』なのか


自分が『自分』を知らずに


『自分』ではない、何かの『サンプル』のような人生が、自身の『幸せ』なんだ、と


信じて疑わず追いかけ続ける者には


『それら』が自分のために起こる事だと
理解出来る時は、来ない


すったもんだがあった後
自分が『自分』に気付き、目覚め
自分が『自分』を生きると『決めた』時
その瞬間から
自分の中で
その『淘汰』のスピードが加速されていく


生き方を変える


とは、


それまで知らなかった世界に飛び込んでいく事だと
私は思う


だからもちろん


初めは『衝撃』の連続だし


変わっていく身の回りに戸惑うし、悲しくなったりもする


『知らなかった』事を『知る』


という過程の中に


『当たり前』な事など


無くて当然だし


そこに『驚き』を伴わないものなど


そもそも大した『変化』ではない


自身にとって


リアル(真実)ではない世界に生きるから『生きづらさ』が生まれ


その現実を『自分』が自分に伝えるために


『それら』は起こる


それが『病気』にしろ何にしろ


自身の『心』が大きく動く『事象』ほど


メッセンジャー』としての意味は大きい


それが例えば『病気』の場合


『自分』から自分へ


伝えたい事が伝わったのなら


もう、自身が『病気』である必要は
無くなる


自分が『自分』を生きると決めた者に始まる


『自分の中』が『淘汰』されていく日々は


たくさんの『迷い』や『衝撃』の連続だけれど


迷って当然で


驚いて当然で


時には『痛み』と感じて当然で


でも


時に『痛み』を伴うその『気付き』こそが


自分にとって『不要』なものを剥がしていく
『淘汰』されていく大切な大切な瞬間なんだ


自分が『自分』と向き合う中で


迷って、泣いて、戸惑って、


時には『痛み』に感じても


その『感覚』を感じている事自体が
新しい『自分』に向かっているという『合図』


自分にとって


『本当に必要なものだけを残す作業』は


昔の自分には、怖くてトライすら出来ない


だからこそ


『自分を生きる』と決めた瞬間から


目には見えていなくても


『自分の人生』が確実に始まっている

 

 

 


和(かず)